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術後6年3ヶ月目

2006年07月01日 一気に夏バテ突入してた…

ここ数日、かなりのだるだる。
一昨日あたりからは、だる過ぎて息をするのも嫌だった。
自分の四肢すら持て余し気味。
口をパクパクさせながら扇風機の風を受けてころがっていることが多く、苦しくて夜も寝た気がしない。
手足が微妙にしびれた感じがするし、なんだかな〜。

わたくしは、なんちゃって膠原病と橋本病持ちなので、気温の変化に順応できないのと、ダイエットによる体力低下だと思ってたんです。
ところが猫もグッタリしているし、苦しそうに鳴いたり、時々は吐いたりも。
試しに、エアコンつけてみました。

しゃっきり!

わたくしも猫も、もしかして、熱中症気味だった?
「梅雨明け前からこんなんでどうする!?」とも思うけれど、クーラーつければ普通に過ごせるんだったらそれでもいいか。
わたくしの場合、暑いの我慢して、何かいいことがあるわけじゃなさそうだし。
もう、無理は全然効かないみたいだよ〜ん。


2006年07月02日 どれにしようかな〜

わたくしは、もう数年来、全身性エリテマトーデス(SLE・膠原病の一種)かどうかのボーダー上にいる。
血液検査はバリバリにSLEを示しているけれど、生死に関わる症状が出ていないので様子見です。

目に見える症状で顕著なのは、耳たぶのパサパサ。
自分では「かぶれ」だと思い、皮膚科を受診したところ、SLEの症状のうちの円板状皮疹(ディスコイド疹、DLE)と呼ばれるものなのではないかと言われ、膠原病予備軍と判明しました。

SLEは全身疾患のため、皮膚、骨、関節、内臓など、どこに症状が出るかわからない。
そのため、わたくしはどの診療科を受診しても「自分はSLEの予備軍である」と申告しています。
また、SLE患者だと受けられない治療もあり、医療過誤、ミスを避けるためには、きちんと申告するに限る。
で、耳たぶのDLEに興味を示すDrもいます。

ここから先が「はらほらひれ」。
各診療科で一番最初に言われたことを一覧にしてみますと、

●皮膚科
生検して診断を出したい

●膠原病専門医
DLEである

●形成外科医
ピアスによるかぶれである

●整形外科
DLEのように見えるが、正確なところは膠原病専門医に判断してもらってください

●内科
皮膚科で診てもらってください

患者としては「どの診断にしようかな〜」って感じ。
まぁ、診療科が違うと、こんなもんでしょ。
ってか、こんなもんです。

わたくしが常々明言している「餅は餅屋」方式によれば、膠原病専門医の診断を信じるべきなんでしょうが、「DLEは、皮膚生検による組織所見により診断が確定する」って決まっているんです。
わたくし、生検してないんですよね…。


2006年07月04日 逝った家族

わたくしは癌経験者ですが、癌患者の遺族でもあります。
母は乳癌で亡くなりました。
「ぴょんぴょんのがんになっちゃった!顛末記」に書きましたが、母の闘病は「大失敗」としか言いようがありません。
うちは、母の病気がきっかけで、家庭崩壊のようになっているんです。

家族は、まったくの他人同士が集まる複雑なグループではありませんが、それでも人間関係の一種であり、一朝一夕に強い繋がりが作られるものではないのは理解しています。
一人の病気がきっかけで崩れてしまう家族関係は繋がりが希薄だったんじゃないか、わたくしも含めた家族全員に強い繋がりを構築する努力が足らなかったんじゃないかと思います。
母も好きで病気になったわけではないし、その前から家族関係は脆弱だったのでしょうから、家庭崩壊の件については、母を責める気持ちはありません。

でも、今になっても釈然としないこと、はっきり言ってしまえば母を許せない点はあります。
身体の変調に気づいてからなかなか受診しなかった理由を問われた母は、「子供たちや祖母(父の母)の世話があったから」と答えました。
死者に鞭打つようですが、これだけはどうしても、どうしても許せません。
母が癌になったのは、わたくしが思春期だった頃で、世話してもらわなければ生きていけない年齢ではありませんでした。
客観的に見ると、母は「癌だといわれるのが怖いので病院へ行かなかった」という最悪の選択肢を選んだとしか考えようがなく、それを責められないために私たちの「世話があった」を口実にしたとしか思えないのです。
責任転嫁したとしか思えないのです。

とは言え、母自身が「子供たちの世話で受診が遅れた」と述べ、そして亡くなっているため、「ぴょんぴょんがいたから、あなたは死んじゃったの?」って、けっこう重たいものはあります。
親戚が集まる場で「ぴょんぴょんのお母さん、もっと早く病院へ行ってればね…」などと言われると、わたくしの存在自体を責められているようで、今でもピキピキいたします。
こういう思いは自分で払拭するしかないので、周囲にぶちぶち言ったりすることはほとんどありませんが、「勝手に十字架背負わせてくれちゃって…」と腹立たしいし、割り切れないし。

今月は、両親共に祥月命日が来ます。
亡くなってからもう何年も経ちますが、やっぱり、二人とも許せません。
特に、バカ親父には至っては「化けて出て来る? 上等。叩きのめしてやる」って感じ。

人間は必ず、いつか、何かの理由でこの世から離れます。
残された人に「いい思い出」としてもらえるような人になりたいと思いつつ、わたくしはまだまだかな。
何もせずに結果が出せるとは思えないので、努力はします。

突撃〜!


2006年07月07日 医師への謝礼

ちょっとプロの力を借りなければならないことがあり、知り合いに頼んだところ、料金は「いらないよ」と、請求してくれない。
時間を割いてプロの専門能力を提供してもらったため、いくら知り合いと言えどもそれでは申しわけないと思う。
これから頼みづらいのもありで、気持ちとして商品券でも渡そうと買いに行った。

店員さんに「お熨斗はどうなさいますか?」と聞かれ…。

ぴ「中身は大した金額ではないし、さりげなく渡すつもりなんですが、そういう場合は皆さんどんな包みにしていらっしゃるんでしょう?」

店「病院の先生へお渡しするんですか?」

ぴ「えっ!? はい、そんな感じです…」

さりげなく渡す金券の代表例として「医師への謝礼」が真っ先に出てきたので、びっくりいたしました。
今でも、あるんですかね?

うさぎの本宅(Your Voice)では、もうとっくの昔に答えが出ていることですが、医師への謝礼は、渡しても渡さなくても治療内容に差はつきません。
そもそも治療費には医師への報酬が含まれているわけですし。
春に義父が入院した時、当家の中では「渡す? どうする?」なんて、話も出ませんでした。
退院する時に、感謝の気持ちを言葉としてお伝えしただけです。
それよりもヘタに渡して、Drに迷惑かけるかもしれない方が心配です。
特に、国公立病院のDrだったら、公務員法にバリバリ違反でしょう?
これからの公務員は、規則が遵守されているかの監視がますます厳しくなりそうですしね〜。


2006年07月10日 橋本病、悪化か?

やっぱり、なんかヘン。
だるいのは相変わらず。
身体が浮腫んでいて、利尿剤は効果がイマイチ。
喉に妙な違和感もある。
ごっくんすると引っ掛かる感じがするし、身体が自動的にその違和感を解消しようとするのか、カラ咳が出る。
橋本病の薬・チラーヂンは飲んでいるけれど、わたくしの症状と処方量が合っていないのかもしれない。

橋本病は、甲状腺専門医で薬の処方量を決めてもらい、処方そのものは近医でしてもらっている。
実は…。
もう2年近く、甲状腺専門医を受診していないのです。
それほど遠い病院ではないけれど、電車を乗り継いで1時間ほどはかかる。
具合が悪くなると「今度こそ行かなくちゃ」と思う。
が、しかし、そういう時はしつこいようですが具合が悪いんで行けません。
付き添ってくれる人がいるといいんだけど、わたくしはそーゆーのを望んでも不可能なので、自分だけでどうにかするしかなさそ。
タクシーだと1万近くかかるだろうなぁ。


2006年07月11日 ダイエット8日目

やっと、BMIが22台まで戻ってきた。
癌治療が終わって2年目くらいまでは、何を食べたって太ることはなかったのに、それ以降は、てきめんに脂肪と化すようで…。

わたくしは、卵巣欠落によって高脂血症と高尿酸値血症気味になっている。
今は血圧が低いからいいけれど、高血圧になって高脂血症と高尿酸値血症を抱えると、血管プッチンのリスクが高くなるとのこと。
そういうのは、なるべく避ける方向性で行きたい。

左足鼠蹊部がもうずっとアヤシイ雰囲気で、軽いゴリゴリが常駐してるため、ウォーキングはおっかなびっくり状態でやっている。
が、上半身はとくに問題ない。
二の腕の「ふりそで」や、背中の脂肪をどうにかしたいので、手首にウエイトを巻いて歩いている。
ウォーキングの時、腕を曲げ、特に引く時は意識してぐっと引くようにするといいみたい。
筋肉痛になるってことは、効いてるってことなんだろうと思う。
足首にも巻けるけれど、ゴリゴリがある間は負荷をかける勇気がないので、足の強化はパス。


2006年07月13日 ダイエット10日目

体重増減なし。

午後からだんだんだる〜くなってきて、夕方にはフラフラ。
今日は暑かったから身体がついて行けなかったか、通り雨があったので気圧がいきなり変わったのかな?
夏は好きなんですけど、なんちゃって膠原病の身には、なかなかきつい季節です。

今までの例から言うと、こんな兆候から始まって髪がバサッと抜けて→体重激減→だるだるで動けなくなる→寝込むことが多かった。
ダイエット中なので体重が減るのはいいんですが、具合悪くて痩せるのはなんだかな〜。
気をつけなくちゃだわ。

だるくて、息をするのも嫌だ。
明日はリカバれるでしょうか…。


2006年07月14日 夫の浮気疑惑に粘着してみる

昨夜はだるだるで、あまりにも苦しすぎ。
一晩中唸っていたので、明け方まで眠れなかった。
ひと寝入りして起き出すと、ありがたいことにどうにか動けそう。
ウォーキング、昨日はさぼっちゃったし、今日は行ってまいりました。
あ〜じゃこ〜じゃ言っても、やるかやらないかのどちらかしかない。

今回は1ヶ月の予定で減量中。
すでに1/3の日数が経過していて、それなりに努力もしていると思うんだけど、1kgも減らないって何なの?
わたくし、食い過ぎなんでしょうか…。
ダイエット記録より、現状維持記録と呼んだほうが良さげ??

電話が鳴った。

ぴ「はい」

女「こちらは北海道の○×水産です。UKIさんの奥様でしょうか?」

ぴ「そうです」

女「先日、北海道へいらした折には、当店のカニをお買い上げいただき、ありがとうございます」

ぴ「はい…」

なんですか?
わたくしの夫が北海道へ行ってカニを買ったの?
最近、北海道へ出張なんてなかったけど…。
これは、夫が帰宅したらいきなり戦闘モードに突入でしょうか?

女「当店のカニは、お気に召していただけましたでしょうか?」

ぴ「カニですか…。食べていません。だいたい、夫が北海道へ行ったのも知りませんでしたから」

女「……」

ぴ「……」

いや〜な沈黙が流れた。

電話の向こうで女店員(?)は「うげっ、藪をつついて蛇を出してしまった」と悔やんでいるのかもしれない。
しかしね、アナタ。
世の中には諸事情から「お忍び」でうんたらかんたらしている方々もいるわけで。
そういうのを手放しで肯定する気はないけれど、オトナの世界はいろいろとありますから…。
自宅へ電話して来て「お買い上げありがとうございます」って、今までトラブルになったことないんでしょうか?

気を取り直した女店員は、言葉を続けた。

女「6年くらい前の話ですので…」

ぴ「そうですか」

で、結局、その人がなぜうちに電話してきたかと言うと、「カニ買いませんか?」のセールス電話だった模様。
ドキドキをありがとう。

かくして夫は、自分が知らない間に浮気旅行の疑いをかけられ、これまた知らない間に解決したのでありました。

でも、夫は最近帰り遅いし、営業職、しかもちょっとした役付きなのに「クールビズ」とか言っちゃってポロシャツにジーンズで出社する時あるし、土日も「出社!」と言い張って出かけたりするし、なんとなくヘンなの。
人に迷惑をかけなければ外で何してもいいんだけど、なんかヘンなの。
最近は、ぴしりぴしりと爪を出してみたりしています。

●その1
夫「今日は飲み会で遅くなる」
ぴ「あっ、そう。へんな女に引っ掛かっちゃったわねぇ」

●その2
夫「今度の土曜日は仕事が残っているから出社する」
ぴ「あっ、そう。女によろしく」

●その3
夫「あれぇ、靴下が無い」
ぴ「ふぅん。女の家に忘れてきたんじゃないの?」
夫「そういうイイ話は無い!」
ぴ「じゃあ、食べちゃったんじゃないの?」
夫「あのな〜」
ぴ「じゃあ、猫が持ってっちゃったんじゃないの?」
夫「………」

もしかして、うちって倦怠期?


2006年07月17日 連休フィーバー

連休中、夫が熱を出して結局下がらず。
初めの2日間は39度近くまで出たけど、それ以降は上がっても37度台の前半なので、本人は至って元気なのが幸い。

夜になり、夫が「ぴょんぴょんは熱がある」と言い出した。
うぅぅ、やっぱり?
毎日のように、夕方になると熱っぽくなっちゃう。
なんちゃって膠原病の症状の一つなので、まぁこんなもんでしょ。
だるい、息苦しい、よって寝苦しいで、かなり体力を消耗している気はする。
このままだと、なし崩しにズルズルと寝込む予感。
この前、解熱剤を探すために病院からもらった薬袋を見ていたら、睡眠薬のレンドルミンがあったっけ。
今晩はあれを飲んで寝てみよう。

夫婦共々、額に熱さまシートを貼ってゴロゴロ。
付き合いのいい猫も、ぐったりとコロがっている。
病人一家だ…。


2006年07月19日 時の流れに

6年前、癌を告知された。
要手術、その後に抗がん剤治療があるかもしれない病状。
そうまでしても「薬石効なく」死んでもしまうことはあるかもしれないと、入院する前に身辺整理をした。

わたくしは当時、ろくでなしの父親が腐乱死体で発見され〜の、警察に呼ばれて事情聴取を受け〜の、奴が多額の借金を残していたことを知り〜の、その返済方法に頭を悩ませ〜の、「お父さんは死んでからなかなか発見されずにかわいそうだった」と偽善者ぶった大バカもんの外野から言われ〜の、その他もろもろでかなりしんどく、まったく面白くない日常を送っていた。
自分が死んでから、今度はわたくし自身のことであ〜じゃこ〜じゃ言われるのはまっぴらごめんだったので、かなり念入りに身辺整理したし、遺言もちゃんと作った。
癌患者さんだったら、多くの方が大なり小なり身辺整理の経験あると思う。
まぁ、わたくしもソレをやったわけです。
思い切りよく捨てまくったので、わたくしの身辺は今でも清廉潔白そのものである。
と書きたいところですが。

人に見られてヤバいものはございません。
ヤバい交友関係もございません。
隠れた借金もございません。

でも、ゴミが…。
ベッドの下にもぐりこんだ猫が、全身にホコリをつけ、ぼわ〜んと一廻り大きくなって出てきたのを見て、冷汗をかきました。

6年前にはキレイになっていたはずの家が、今はえらいこっちゃでございます。
でっかい声で言っちゃうけど、癌治療が終わって退院してから掃除らしい掃除をしたのは数えるほどなの。滝汗。
喉もと過ぎればって、よく言ったものだと思う。
人間いつ死ぬかわからないので、こんなんじゃイカン!

毎日の雨続きでウォーキングへ行けないため、今日は玄関の大掃除。
ドアを開け放って、室内側にあたるドア面を洗っていたら、通りかかった同じ階の奥さんが「えら〜い!」と褒めてくれた。

どうもありがとうございます。
が、わたくしは6年分の掃除をしているんで…。
たぶん毎日掃除をしているであろうあなたの方が、う〜んと偉いです!


2006年07月20日 膠原病と橋本病

ダイエット17日目。
体重、ぜんぜん減らない…。
右手人差し指の付け根が痛い。
指そのものも腫れているみたい。
身体もやっぱり浮腫んでる、と思う。
特に、手首と足首から先の浮腫みが気になる。
今日はこれから内科を受診する予定なので、痩せない事、関節痛があることなどを主治医へ強力に訴えなくちゃだわ。

月一で受診して、生活習慣病関係の薬を処方してもらっている坂の上病院の内科へ行って来た。

Dr「具合、どう?」

ぴ「普通です。良くもなく、悪くもなくです。でも、今日は右人差し指の付け根が痛くて…」

Dr「どれどれ」

ぴ「腫れてませんか?」

Dr「ちょっと腫れてるような気もするけど、う〜ん」

ぴ「身体も浮腫んでるんです」

Dr「あれぇ? だってさ、この前、利尿剤増やしたよね?」

ぴ「はい、でも効きません。と言うか利尿効果は出ているんです。そもそも私、利尿剤がなくても尿量に問題はないんです。ちゃんと出ますから。利尿剤を使っても浮腫みは大して減らないので、その意味で『利尿剤は効かない』ってことです」

Dr「あなたは、橋本病と膠原病があるからな〜」

ぴ「特に、手首と足首から先はかなり浮腫んでいると思います。指輪は入りません。腕時計もキツキツでボンレスハム状態です」

Dr「そう? それほど浮腫んでいるようには見えないんだけど…」

ぴ「自分では、許せませんっ!」

Dr「そっ、そうか…」(苦笑)

主治医の顔をじっと見て聞いた。

ぴ「これ、治す方法ないんですか?」

Dr「今のところは…。もごもごもご」

やっぱりねぇ。
これって、橋本病の浮腫みと、膠原病の関節痛なんでしょう?
対症療法しかないってことか。
しかもわたくしの場合、橋本病から来る身体の浮腫みの治療に関しては、手持ちカードがもうないっぽい。
関節痛が辛ければ、痛み止めは出しますとのこと。

こうやって、不快な症状に慣れていく(人によっては『諦める』とも言う)しかないものもあるんですよね。
わたくしも、だるいのにかなり慣れちゃったし。
なんちゃって膠原病、全身性エリテマトーデス(SLE)一歩手前状態ではありますが、ありがたいことに内臓にはダメージが出ていないので、こんなことで「はらほらひれ」とか言ってられない。
まだブイブイ言わせる気も十分あるんで、以下省略。

ぴ「体重も、じわじわと増えてるんですけど…。運動量は増やしてるんです。食べる量は減らしているんです。それなのに痩せません。胸水や腹水のことを考えてみたけど、息苦しくないし、お腹も腫れていないし…」

Dr「そっ、そこまで心配することないと思うよ」

心配してるんじゃなくて、なぜ体重が減らないのかを考えたら、胸水や腹水の可能性に行きついたまで。
痩せないのには何らかの理由があるはずでしょう?
橋本病による代謝低下ってか?!

ぴ「もうね、サノレックス(処方条件が非常に厳しい痩せ薬)出してもらいたいぐらいです」

Dr「………」(聞こえないふり〜)

このDrは、麻薬系の薬が徹底的に嫌いなのでした。
まぁね、わたくしも、サノレックスを処方してもらえるとは思ってませんが、一応言ってみた (;^_^A

Dr「じゃ、いつもの薬出しとくね。お大事に」

ぴ「せんせい!」

Dr「なっ、なに?」(キョドるなぁぁ!)

ぴ「前回の受診で、『そろそろ血液検査やらなきゃ。次の診察の時にやろう』って言ってませんでしたっけ? 私が最後に検査やったのいつでしたっけ?」

Dr「あっ! そう言ったような気もする…。前回の検査は、去年の暮れにやったきり…」

ぴ「んがぁぁぁぁ!」

Dr「やろう、やろう、今日はやろう♪」(歌うなぁぁ!)

本日の病院はガラガラ。
受付して即受診、その後血液検査、会計、薬局と回って、すべて終わるまで30分しかかからなかった。
ラッキ〜!
いつもこんなだといいなぁ。


2006年07月21日 ダイエット18日目

雨のため、ウォーキングはお休み。
よって、体重測定もお休み。

昨日は、バカ親父の命日とされている日。
ヤツは腐乱死体で見つかったので、正確な死亡日時は不明だけれど、20日に死んだ可能性が一番高いらしい。
あのドあほうものの不行跡を思い出すと、今でも怒りがこみ上げてくる。
何度考えても、そのたびに新鮮な怒りがふつふつと湧いてくる。
どうやったら「まぁ、しょうがないか」と許せる気持ちになったり、ヤツのほんの少しの「善行」だけを考えて懐かしく思い出せるようになるのか、今でもわかんない。
(気分が治まるまで、心ゆくまで何年でも怒り続けるつもりなので、宗教だの生き方講座だののお勧めは一切ご無用です)

イライラしながら食事したので、だいぶ食べちゃったような…。
あぅぅ。
体重測るの怖いよ〜。


2006年07月22日 移住希望

ここ数年、冬になると体調が激しく悪くなるので、一年中暖かい土地に行きたい。沖縄とか。

いつも行っているヘアサロンのオーナーは、南国の離島出身で、わたくしは常々、とってもうらやましく感じでいる。
が、本人は故郷があまり好きではないらしく、「戻りたくない」と言う。

オ「この前、法事で帰省したんですよ。縁側に半日座って家の前の通りを見ていたけど、人が一人も通らない。猫も犬も通らない」

ぴ「若いうちは、それだと退屈かもしれませんね。でも、私は南国が好きなので、そういうのまったく平気。一年中泳げるし、憧れの島なんだけどな。食べていける方法があるなら住んでもいいぐらいです」

オ「そっか、南国が好きなんですね。でも、ゴキブリ平気?」

げっ!
そうだ、暖かいところの虫は概してビッグサイズなんだった。
高校生の頃、わたくしの虫嫌いを知っているクラスの男子生徒に「南の方のゴキブリはでかいんだよ。スケボーくらいの大きさがある」とからかわれ、震えあがったことがあったっけ。
さすがに、そんなサイズのはいないだろうけど…。

ああ、だめ。
虫はだめ。
大きい虫は、なおさらだめ。

こっちにもゴキはいるけど、当家の中には出没しない。
以前飼っていた猫の時に1回、今の猫の時に1回、どこからか入ってきてしまったことはある。
室内飼いの猫はびっくりして固まり、捕獲しようともしない。
遠巻きに見て、「うぉうぉうぉぉぉぉ」と情けない声を出すのみ。
もちろん、わたくしも捕まえられず、夫も「きゃ〜」とか言っちゃって、結果、バルサンをたいている間、車に一家3人(わたくしたち夫婦と猫)が乗り込んでドライブへ行くはめになった。

かくして、わたくしの南国移住希望はあっけなくヘタレる方向に向かいつつある。
ゴキがいないなら、本気で住みたいです!
南国の海上に住むっていうのはどうでしょうね?


2006年07月23日 ダイエット20日目

昨日はウニ丼。
今日は土用丑の日で、鰻の予定。
で、姑息にも、いつもよりウォーキング量を増やしてみた。

5km過ぎたあたりからいきなり身体が重くなり、歩くというより、フラフラと泳ぐような格好で進んでいたような気がする。
疲労激しく、周囲に気が回らない。
川っ淵の土手を歩いていたので車が通らないからいいものの、普通の道だったら轢かれてしまうがな。
危ない、危ない。

帰宅後、昼間から爆睡。
夕食食べてまた爆睡。
あまりにもくたびれちゃって、鰻の味もわからなかった。

橋本病はとても疲れやすいので、仕方ないと言えばそれまでだけど、本日は「冬に疲労凍死する時って、こういうシチュエーションかも」と想像できるような状態が突然やってきたので、少々ビックリした。
わたくし的には「こんなんでいいのか?!」って感じ。

もう少し体力をつけないとダメですね〜。
リンパ浮腫予備軍の足は、なんとか正常。


2006年07月24日 ダイエット21日目

雨が降りそうなので、ウォーキングはお休み。
よって、体重測定もお休み。
昨日の7kmウォーキングが効いちゃって、今日はほとんど使いものにならなかったわたくし。


2006年07月25日 ダイエット22日目

体重変化なし。
なんですか、呪いでもかかっているんでしょうかね?


2006年07月26日 旅立ち 〜キャンサー・サバイバーの五十三次〜
※写真入りの旅行記録は「週刊ぴょんぴょん」http://usaginohontaku.seesaa.net/にあります。

朝6時。
ンゴォ〜ンゴォ〜と寝ている夫を叩き起こして、挨拶した。

ぴ「永らくお世話になりました」

夫「えっ、何? どうしたの?」

ぴ「京都に行ってくる」

ウォーキングの時の服を着てデイパックを背負ったわたくしの姿を見て、夫は言った。

夫「なに? 朝のお散歩?」

ぴ「違う。京都に行くの」

夫「今? これから? その格好で?」

ぴ「はいっ!」

夫「なんで京都なの?」

ぴ「どうしても」

夫「いつ帰ってくるの?」

ぴ「わかんない」

夫「なんで京都なんだぁぁ!?」

ぴ「行って来ま〜す♪」

そしてわたくしは、東海道を京へ上る旅に出発した。
夫は、わたくしが新幹線に乗って京都へ行って…と思っているだろうが、リアルで歩いて行くつもりでございます!

夫に「なんで京都なの?」と聞かれたけれど、東海道を上るなら、終点は京都と決まっておりまする。
そう言うわけで、京都なんです。(←若干意味不明?)

そもそも何で東海道を上るのか?
わたくしは、リンパ浮腫の予防と体重維持と骨密度アップのため、ここ数年、ウォーキングのようなものをしている。
ただ歩いただけでは面白くないので、歩いた距離を東海道五十三次に当てはめ、どこまで進んだかを表示するバーチャル五十三次のソフトを使っていた。

長らく同じウォーキングコースを歩いていると、ぶっちゃけた話、飽きも来る。
わたくしは関東圏に住んでいるので、本物の東海道を歩こうと思えば、それができることに気づいた。
毎回、違う風景が見られるのだ。

東海道は、JRと平行するように走っているから、歩けるだけ歩き、疲れたら最寄の駅に行って電車に乗れば、速やかに家へ帰れる。
日を改めて前回の終点地までまた電車などを使って行き、そこから歩きはじめる「尺取虫」方式で、東海道を制覇した人は何人もいると知った。

旧東海道の全長は約500km。
1日に10km進んだとして、50日の距離である。
もちろん簡単なことではないだろうけれど、「尺取虫」方式で時間をかければ、わたくしにもできるかもしれない。
「ライフワークにしたっていいじゃない?」と思った。

ただし、日本橋側からの尺取虫方式で日帰りが可能なのは箱根か三島あたりが限度らしく、それより先は、往復の時間や交通費を考えると、宿泊しながら数日間歩いたほうがよさそう。
平成に五十三次した先輩方の手記を読むと、踏破の予算目安は、日数×1万円とのこと。
1日10km見当で50万円になっちゃう…。
ま、お金のことはいいか。
ライフワークなんだし。
スポンサーが見つかるとベストだけど、どなたか、なっていただけませんかぁ?

キャンサー・サバイバー(癌経験者)で、橋本病で、全身性エリテマトーデス(SLE、膠原病の一種)の一歩手前で、リンパ浮腫予備軍で、骨粗鬆症で、高脂血症で、その他もろもろの持病があるわたくしが、京都まで辿りつけるか、正直なところ、わからない。
それ以前に、天下の険・箱根が攻略可能かがわからない。
わたくしは今まで、1年のうち半分くらいは寝込んでいたため、筋力が落ちている。
傾斜、階段は、家の近くでも辛いのだ。
ともかく、箱根湯本までは道が平坦に近く、十分に日帰り可能な距離なので、行けるところまで行ってみましょ。
やってみてダメだったら、諦めもつく。

本当なら、「他の癌患者さんに『癌経験者でも、できることはいっぱいある』と思ってもらいたくて五十三次を歩きはじめました!」とでも言えばものすごくカッコいいんだろうけれど、わたくしのようなものがそんな僭越なことを言うのはおこがましいし、ま、近所を歩き回るのに飽きたぴょんぴょんが趣味を延長したと思ってください。

基本的には、江戸時代の東海道を整備したものが国道1号線となる。
ただし、東海道をそのまま拡張整備したわけではないので、ところどころに脇道のような形で昔の道(旧東海道)が残っている。
ずっと国道沿いを歩くのでは空気も悪いだろうし、あまり面白くなさげ。
わたくしは、旧東海道が残っている区間はそちらにこだわって歩いてみたいと考えている。

当初は日帰りコースが続くので、大した荷物は必要なさそう。
でも、飲み物とお金とカメラとタオルだけ持っていればOKとも思えない。
持ち物についてはどなたも悩むみたいだけど、「極力少なく」がセオリーとのこと。
先輩方の手記には異口同音に、「旧東海道を歩いていたとしても、ちょっと脇に出れば国道があり、必要なものはコンビニで調達できる」と書いてあった。
雨具をどうしようか考えたけど「雨の日は歩かない」と割り切り、用意しないで出発。

あ〜じゃこ〜じゃと机上で考えていないで、とりあえず街中を歩いてみると、自分の時速や装備の適不適がわかっていいみたい。
江戸時代と違い、装備不全でも行き倒れたりしませぬ。
起点の日本橋から第一宿の品川への途中には、銀座をはじめとする繁華街がある。
必要と思ったものや、靴やデイバックなどの装備が自分に合わなかったら、別のものが速攻で調達できる絶好の「五十三次お試し区間」だと思う。

五十三次初日、七つ立ちならぬ、7時立ちでございます。
当初、「スタートくらいは、記念だから歌の通りに…」と七つ立ちを考えました。
が、現在の午前4時と知って断念。

今日の予定は7.9km進んだ品川宿までです。
余裕があったらもう少し進んでみるけど、わたくしのあんよでは、10km地点の鮫洲まで行ければ恩の字かな。
歩き初めは「街道ハイ」状態になり、やみくもにぐいぐい行っちゃって筋肉痛になったり、まめを作っちゃったりするらしい。
わたくしはリンパ浮腫予備軍。
発症予防の注意として「足に適度な筋肉をつける。ただし、筋肉痛になるほどの運動はダメ」がある。
絶対に無理はしないんだもんね。
骨盤内リンパ全郭清しているので、足の怪我も怖い。
まめも甘く見られない。
潰れてバイ菌が入ると、痛いだけじゃ済まなくなることがある。

東京駅から日本橋にたどり着くまで、2回も道を聞いちゃった。
地図の重要性を再認識。
江戸時代の東海道は国道に吸収されてしまっている区間もあり、残っている部分もある。
旧東海道にこだわると、国道から脇道に入らなくてはならないこともあり、一般の地図ではそれがとてもわかりにくい。
今回、電子図書で、地図が詳細と評判の「誰でも歩ける東海道五十三次」を購入。
名所旧跡も書かれていて、いい感じです。
帰る時を考えるとJRとの相関関係も知りたいので、別に1/21000の地図を用意。
にも関わらず、2回も道を尋ねる羽目になり、先行きに不安。
わたくしってば、方向音痴だったのかも。
思いっきり言い訳すると、日本橋周辺は道が碁盤の目のようになっていてビルが立ち並び、1、2本違う道でも同じような風景に見えるんです、わたくしには。

浮世絵のイメージからは想像がつかない現在の日本橋。
どこ? どれ? って感じ。
橋のたもとまで来ると、どうにか「それらしい」雰囲気に。

渡り口にある日本国道路元標の複製。
本物は橋の中心の車道上にあるとのことで、なかなか見られません。
日本全国の道路のスタート地点がここです。
里程表もありました。
京都市まで503kmですか〜。
この道をずっと行った先に京都があるんです。

日本橋をスタートしてしばらくは、銀座のメインストリートを歩きます。
歩道が広くてきれいなのですが、旅情はあまりなく、「東海道を歩いている」という感じはしません。
お買物に来たみたい。

三愛の脇にあった「コイコリン」。
幸運を呼ぶ猫の像で、叶えたい望みによって、撫でる部位が変わります。
お腹を撫でるとダイエット成功(!?)だそう。
しっかり撫でてきましたよ〜。
江戸の名所旧跡をたいして見もせず、現代のマスコットのご利益に走ってどうするんだぁぁと思いましたが、ダイエット成功という謳い文句に抵抗できなかった… orz

日中は大混みする銀座、新橋も、朝早くはガラガラ。
あっと言う間に新橋へ到着しました。
でも、まだ2kmしか来ていません。
わたくしはいつか京都へたどり着くのだろうか、途中で行き倒れになったら困るなぁなどど考えながら歩いていたら、先客が…。
行き倒れのオヤジさんを発見しましたっ!
さすがに写真は遠慮。
ホームレスが寝ているんだと思ったんですが、きちんとした身なりでクールビズ、きれいな鞄を一つだけしか持っていなかったので、サラリーマン?
急病で倒れているんじゃないかと恐る恐る近寄ったところ、唇に微笑が浮かんでいたので解釈に苦労しました。
どうやらヨッパーらしい。
朝からですかぁ、おつです。

新橋を過ぎて、道は第1京浜(国道15号)に。
芝大神宮があったので、立ち寄って道中の安全をお願いしました。
4km地点の金杉橋交差点に到着。
このあたりで1里です。
とにかく交通量が多くてなんだかな〜。
旅情カモ〜ンって感じ。

5km過ぎの札の辻歩道橋上からは東京タワーが見えました。
近くにあるのに何となくぼんやり気味なのは、空気が汚いせい?

午前8時30分過ぎになり、出勤の人がみるみる増えてまいりました。
わたくしは、彼らと逆方向へ行く形になる。
人波に揉まれてなかなか進めないし、みんな、早足のものすごい形相でこちらへ向かってくる。
怖いよぉぉ。
初めは、蛇のようにニョロニョロくねくねと人ごみを縫ってみたけど、こりゃ無理ですわ。
手近のコーヒーショップに逃げ込んで、9時過ぎるのを待ち、休憩。
日本橋〜品川間の五十三次は、朝夕の通勤時間にかからないようにした方がよろし。

午前9時50分、JR品川駅に到着〜。
思ったより、うんと早く着いちゃった。
まだ疲れていないし、足も痛くない。
東海道五十三次の品川宿は、もう少し先にあるので、とりあえずそこまでは行ってみましょう。
来る途中、江戸時代の名所旧跡がちょこちょことありました。
歴史が好きな人は楽しいだろうなと思いつつ、わたくしはそれほど興味がなかったのでチラ見ですっ飛ばしてきちゃった。
もったいなかったかな?

八ッ山橋の交差点。
ずっと国道沿いを歩いて来ましたが、ここから旧東海道に入ってまいりま〜す。

あっは〜ん。
さっきまでの交通量と騒音が嘘のように静かな旧東海道。
道が狭くなったので、車は一方通行です。
品川宿には、ところどころに公園が作られ、店の脇に休憩用の縁台が出されたりしています。
きれいな公衆トイレもひんぱんにあり、五十三次する人にはホッとできる道です。
だけど、わたくし、この宿場では散々でした。
「おばぁ」パワーに捕獲されてしまったのです。号泣。

さすがにちょっとくたびれたのでしばらくゆっくりしたい、地図を見て今日の予定を再検討もしたいと、公園のベンチに座りこみました。
すると、どこからともなく現れた「おばぁ」が話しかけてきて…。
旅の醍醐味の一つに「人との触れ合い」があると思うし、「お年寄りを大切に」っていうのもわかっているんですが、

雰囲気を読めや。

わたくし、くたびれてて、初対面の相手と気を遣って四方山話する気分じゃないわけよ。
しみじみと旅情に浸っちゃったりしてみたいわけよ。
ボーッとしてみたいわけよ。

だいたい、この手の「おばぁ」に共通するのが愚痴と病気自慢(?)で、それは、わたくしのもっとも忌み嫌う「触れ合い」でございます。
病気自慢に関しては、わたくしも大関程度にはランキングしてもらえると思う。
本気で勝負したいなら負けないよ!
だけどこんなところまで来て、知らない人に自分の病歴を披露する気はないわけ。
かったるい愚痴話も聞かされたくない。
しばらくは「おばぁ」の不幸自慢を我慢して聞いていたけれど、わたくしにはたいして不幸と感じられない内容。
そう、わたくしも、それなりに修羅場くぐって来てますんで、どうしても不幸勝負したいなら、そっち方面も受けて立ちますけど…。

退屈。
不愉快。
時間の無駄。

おばぁが「この前、そこの病院に3ヶ月入院して…」と語りはじめたところで逃げ出した。
興味ありません。さよなら〜。

ヨロヨロと少し進んだところにまた公園があった。
「今度こそ休憩♪」と喜んで入って行ったら、ゲームに興じる「おばぁ」軍団に占領されていました。とほほ…。

公園やお休み処はそれなりにあるのに、いざ腰を落ち着けようとすると、今まで影も形もなかった「おばぁ」がどこからともなく出てきて、近寄ってくるのは何故?
本当に、湧くように姿を見せるんですよ。
旅人を待ち構えているとしか思えない。
捕まえて自分の愚痴話を聞かせ、日頃の鬱憤を晴らしているとしか思えない。
ここは、いったいどうなってるの?
ちょっと座って逃げ出しての繰り返しで、一気にくたびれちゃった。

気を取り直して、先へ進むことにする。
旧東海道の品川宿は、ずっと商店街が続いています。
商店街の看板にも奴さんのイラストが付いていたりと「それっぽい」。
電柱の住所表記にも、しっかりと「旧東海道」の文字。

道の両脇には、小さな神社仏閣が点在しています。
歩いていたら、拍子木を打ち鳴らすような音と大声の読経が聞こえ、「ずいぶん熱心なお坊さんがいるんだなぁ」と思いました。
が、お経の終わりに「たいさん、たいさぁぁぁん」という言葉が。

はて?

歩くにつれて大きくなってくるお経の声に、お寺を探してキョロキョロしていたら、とある中層建築の入り口の通路に祭壇が作られ、お坊さんが壁に向かって読経中。
建物の関係者らしき人が数人、お坊さんの後ろで神妙な顔をして立っている。
たいさん → 退散???

ありゃ〜、出るのね、ここに…。

正午近くなって日が照りつけ、足もそろそろヤバイ感じ。
「今日は行けても鮫洲かな」と考えていましたが、いつの間にか通り過ぎちゃったみたい。
さすがに「品川宿おばぁ攻撃」もなくなった。
暑くなってきたこともあり、ヨレヨレで反応の悪い旅人をとっ捕まえて講釈たれるより、家で健康情報番組でも見ていた方がいいんだろう。
で、かわいそうな旅人は公園を探してやっと休憩♪

ところがですね〜。
陽射しを避けて木陰のベンチに座ったところ、今度は藪蚊攻撃を受けましたっ!
蚊を避けて座ろうとすればカンカン照りのベンチしかなく、それもツラい。
とことんツイていないようです。
気が付かないうちにかなり刺されてしまい、かゆいし。
虫よけスプレーも、虫刺されの薬も持っていないので、どこかで調達しなくちゃ。
こうやって、装備の要不要がわかっていくようです。

くどいようですが、わたくしはリンパ浮腫予備軍なので、蚊に刺されるのもなんだかな〜。
掻き壊し、そこからばい菌が入ると、ヤバいんです。
疲れと暑さでボ〜ッとしてきた脳みそで、虫よけとかゆみ止めのどちらを持っていた方がいいか考えてみた。
そりゃ、両方持ってた方がいいに決まっているけど、荷物になるのよね。
ニワトリが先か、玉子が先かの心境。
結局、虫よけスプレーを使っても何かに刺されることはあるかもしれないということで、かゆみ止めを買うことに決定。

公園の公衆トイレを使わせてもらい、手を洗っていたら、お掃除の女性がやってきた。
「ツアーですか?」と聞かれ、「一人です。日本橋から歩いて来ました」と答えたら、「偉いっ!」とお褒めの言葉をいただきました。
ツアーって何のことかと思ったら、品川宿を散策した後に箱根までバスで行って一泊し、三島への下り道を歩く旅行会社のツアーがよく来るとのこと。
えっちらおっちら生真面目に歩くつもりでいたこちらとしては、おいしいとこ取りでずるっこいなぁと思わないでもないけど、時間がなくて雰囲気を味わいたい人にはいいのかもしれない。
その女性が、「お昼を食べるなら平和島のBIGFUNがいい」と教えてくれた。
競艇場に隣接された商業施設で、ファミレスやフードコートがあり、「安いし、ゆっくりできるよ」と。
こういう触れ合いなら大歓迎。
情報、どうもありがとうございます!

教えてもらった通り、平和島でお昼を食べました。
BIGFUNにはドンキホーテが入っていたので、虫に刺された時のためにポケムヒも調達。
その後、夫に電話。
ヤツは、わたくしが新幹線で京都へ行き、楽しく観光していると思っているはず。

ぴ「もしもし、わたし。やっと平和島に着きました」

夫「はぁ?」

ぴ「そういうわけで、今日は家に帰るから」

夫「はぁぁ??」

家に帰ってから、「日本橋から京都まで歩いていく」と話したら、のけぞられましたわ。

京浜急行の大森海岸駅と平和島の間にある旧東海道は「三原通り」と呼ばれています。
ここは、江戸時代の道幅を残している希少な区域。
幅員は今までよりさらに狭くなります。
現在の感覚では「裏通り」といった幅です。
「昔の人は、こんな幅の通りを『東海道』と呼んで往来していたんだ」としみじみ。

午後2時10分、本日の五十三次は京浜急行の梅屋敷駅にて終了。

帰ってから足をチェック。
リンパ浮腫がヤバい太腿は大丈夫。
でも、足の裏にまめができちゃってました。
右親指下に1つ、左薬指と小指に1つずつの計3つ。
潰れなかったのが幸い。
治るまで、おとなしくしています。
やっぱり1日10kmが目安かなぁ。

◇突撃日 2006年7月26日(水曜日)
◇天気 晴れ
◇踏破距離 約14km(日本橋〜梅屋敷)
◇交通費 840円

※写真入りの旅行記録は「週刊ぴょんぴょん」http://usaginohontaku.seesaa.net/にあります。


2006年07月27日 ダイエット24日目

もう、どうしてよいやらわかりません。
やっぱり、絶食しかないのかな〜。


2006年07月28日 ダイエット25日目

減らない。
何を書いても言い訳と愚痴にしかなりそうにないので、潔く口をつぐみます。


2006年07月29日 〜キャンサー・サバイバーの五十三次〜
※写真入りの旅行記録は「週刊ぴょんぴょん」http://usaginohontaku.seesaa.net/にあります。

戻って来ました、梅屋敷。
午前11時5分にスタートしました。
今日は川崎宿を越えて新子安駅(JR、京浜急行)まで、11kmを歩く予定です。

駅名の由来にもなった梅屋敷が公園になっていました。
花の季節ではなかったので、中は至って「普通」です。
誰かが尺八の練習をしていたため、音楽だけは風流で、よろしゅうございました。

多摩川までの数kmは、国道15号を歩きます。
ぶっちゃけ、どの地方にもあるような国道で、たいして面白味はありません。
退屈なので、お昼に何を食べようかを歩きながら思案。
候補を天ぷらそばとカツ丼に絞ったところで、くだらなく悩む。
今日は蒸し暑い。
天ぷらそばは暑くて汗かきそうだからヤだな、だけどカツ丼だってご飯は熱いぞ、みたいな。
ばかです、はい。

家を出る時は陽射しがあったのに、ぽつりぽつりと降ってきちゃった。
なんでぇ?
傘がいるほどの降りではないけれど、近くにあったドンキホーテで念のために軽量折りたたみ傘を購入。
前回もドンキーで買物していたわたくしは、五十三次と共にドンキー巡りもしているような…。

多摩川に到着〜。
川を渡って、神奈川県に入りました。

六郷の渡し跡。
今は橋が架かっていますが、昔は渡船だったとのこと。
わたくしも乗ってみたかったな。

多摩川を渡り終えるとすぐに川崎宿らしいのですが、道路工事中で旧東海道への入り口がちょっとわかりにくく、恐る恐る進みました。
この道でいいのかな?
「旧東海道」と言っても、水戸黄門や暴れん坊将軍に出てくるような土の道があるわけじゃないので、他の道との判別に時々悩みます。
おお、この道で良かったみたい♪

川崎宿の中は、旧東海道に添ってところどころに「旧東海道」と記された石柱があり、車道と歩道もきちんと区分けされていて歩きやすかったです。

本陣跡。
今は普通のお家の前に看板だけが立っていました。

川崎宿で秀逸だったのが、「砂子の里資料館」。
本物の浮世絵が見られます。
今日は、初代歌川廣重の「名所江戸百景」の前半など、約60点が展示されていました。
教科書などの写真では見たことがあったけど、これが本物なのかぁ。
西洋の画家にも多大な影響を与えたと言われるだけあって、ほんと、大胆かつ今でも斬新に感じられる構図。
すごいわ…。
しかもこの資料館、入場無料なんです!

川崎宿の最寄駅は、川崎駅(JR、京浜急行)。
お店がいっぱいあるので、ここでお昼。
あんなに悩んで天ぷらそばとカツ丼に候補を絞ったのに、海老穴子天丼を食べたわたくし。
ばかです、はい。

東京方面から来ると、この看板が川崎宿の終わりを示します。
このあたりで日本橋から約19km。

京浜急行八丁畷駅の脇にあったタイル絵。
広重の「東海道五十三次」の中の川崎宿(六郷渡舟)の右上部分みたいです。

八丁畷を過ぎたあたりから、閑散とした雰囲気になり、車道と歩道を隔てるのは1本の白線のみに。
心細いなり。
しかも、路面が濡れるぐらいの雨が降ってきちゃったんですよぅ。
空は明るいので、通り雨?
少し時間を潰せば止みそう。
ところがこういう時に限って、お店も公園もないじゃあないですかっ!
ドンキーで買った傘をさすと視界が悪くなったり、後から来た車に引っ掛けられそうで怖い。
朝から雨だったら歩かないけれど、途中で降ってきちゃった時の対策を考えないとダメですね。
どなたかのサイトに「車対策のため、身体か持ち物に反射テープをつける」って書いてあったような気が…。
納得。

八丁畷まで戻って電車に乗り、家に帰っちゃおうかな。
でも、お昼に食べた海老穴子天丼を消費するためにも、次の駅まで行ってみようよ。

^(#`∀´)_Ψ・・悪魔vs天使・・†_(゚ー゚*)β

わたくしは日頃の心がけがいいので(ええっ?)、天使がどうにか勝利を収め、とぼとぼと歩を進めることになりました。

でも、今度は足の裏に異変が…。
なんですか、歩くたびに「ぷにぷに」した感覚があるんですわ。
前回作ってしまった「まめ」は、破けることなくぺったんこになり、表面も乾いていたので安心していたんですが、どうやらまた水が溜まって膨らんできたようです。
肉球ってこんな感じなのかなと、家の猫・ワタシを思い浮かべちゃったりしました。
あと2kmほどで京浜急行の鶴見駅。
どうにかそこまでは辿り着きたい…。

市場一里塚跡。
江戸から5里目の一里塚です。
ぐや゛じいけど、今日はもうだめぽ。
太ももは腫れていないので、リンパ浮腫の方は大丈夫そう。
まだ筋肉痛も感じない。
だけど、足の裏が痛くて〜。
だんだんひどくなってくる「ぷにぷに感」。
まめが潰れる前に、本日は勇気ある撤退をすることにいたしました。
新子安どころか、鶴見まで行き着けなかった。

無念…

こんなにへんな場所で止めちゃって、次に来る時、時間かかりりそう。
駅と駅のちょうど中間地点だよ、ここ…。

午後2時20分終了。
雨の、ばかぁ〜!
でも、こんなことでメゲてはいかんのだ。
箱根湯本では、這ってでも行ったる。

◇突撃日 2006年7月29日(土曜日)
◇天気 曇り時々小雨
◇踏破距離 約6.5km(梅屋敷〜八丁畷の少し先)
◇交通費 550円

※写真入りの旅行記録は「週刊ぴょんぴょん」http://usaginohontaku.seesaa.net/にあります。


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