37.マカロニ
1クール目の抗ガン剤治療が終わったお姉さんは、いったん退院することになった。
なぎさ病院で継続的に抗ガン剤治療している人の多くは、毎月1週間ほど入院して抗ガン剤を打ち、残りの3週間は家で過ごしていた。
入院しっぱなしの人は少なかったように思う。
正常出産の人は、経産婦が5日、初産の人でも6日しか入院させてもらえないと聞いたし、子宮のみ摘出なら10日で退院だったから、すごくシステマチックな経営方針なのかもしれない。
「じゃあ、お先にぃ」
お姉さんはさっさと帰って行った。
前の晩、「はずれて欲しいけど、余命告知を受けちゃったからね…。行きたいところがあるし、調べたいこともある」と言っていたので、1分でも時間が惜しいのだろう。
お姉さんの後には、おうむさんが入って来た。
髪のなくなった頭にバンダナを巻き、かなり痩せて、痛がってもいた。
ほとんど寝たきりで、「ここはどこ? 警察ですか?」なんて言ってたから、特別な鎮痛剤をいっぱい使っていたのかもしれない。
よき煙草友達だったお姉さんは退院しちゃったし、話相手になりそうな年の近い人もいないし、すごく退屈。
刺激がないせいか、また一日中夢うつつ状態になってしまった。
昼間、廊下をぼけーっと歩いていたら、ナースに「相棒がいなくなってつまんないんでしょ」とからかわれた。
病院の生活に慣れ、睡眠薬のおかげもあって、夜はちゃんと眠れている。
それなのになぜ、昼間しゃきっとしないのだろう?
知らない間に何か打たれているのかなぁ…。
私は、唯一自分に施されている治療の、抗生剤点滴を疑った。
時々、瓶が変わるのだ。
普通は製薬メーカーの名前と薬剤名が書かれた「ちゃんとしたパック」で出てくるのに、たまに、会社名も薬品名も書かれていないガラス瓶に入ったのが出てくる。
あれに何か入ってるのかな…。
ガラス瓶の点滴が出てきた日、ナースに言った。
「最近、一日中ぼーっとしちゃってヘンなの。薬、間違って打たれてないよね? それ、いつもの薬? パックが違うけど…」
「ああ、これはいつもの薬です」
「なぜ、ガラス瓶に入っているの?」
「いつものパックが本当なんだけど、あれは2液混合式なのね。うまく混ざらない時は、このビンに入れ替えて混ぜるんです。今日はそのせいでガラス瓶なんです」
「そうですかぁ」
瓶が時々変わる理由は納得できた。
じゃあ、何でぼーっとするのかなぁ?
退院後、夢うつつ状態は治ったので、やはり刺激がなさ過ぎただけなのだと思う。
翌朝、検温で回ってきたナースが、「今日から点滴を止めて、飲み薬にします」と言って経口の抗生剤をくれた。
ラッキー!
一日にたくさんの点滴を打つ場合は、「留置針」といって、柔らかいプラスチックのような針を血管に入れっぱなしにしておける。
留置針は、一度刺すと数日間そのままにできた。
ただし、針を刺したところはテープでしっかり固定され、濡らしたりしないように気をつけなければならない。
また、点滴と点滴の間が開くと、留置針の中に血液のかたまりが詰まってしまうことがあり、そうなると次に薬を入れる時、初めに血管痛がする。
私はそれがいやで、一日1回の点滴になってからは点滴の度に針を刺してもらう方を選んだため、刺せる血管がなくなりつつあったし、点滴を漏らしたり刺すのが下手なナースも結構いて、点滴の時間になると泣きそうに憂鬱だったのだ。
経口薬になったので、毎日点滴する必要はなくなった。
これでドレンが抜ければ退院できるんだけどなぁ。
以前ほどではないが、左のドレンからはまだけっこう浸出液があった。
しびれを切らしたDr.コアラは、次の方法として、腹部から
20cmぐらい出たところでドレン管をちょん切った。
お腹から長いマカロニが出ているみたいだった。
すげ〜。
これはやっぱり、人造人間っぽいわぁ。
子供に見せたら絶対に泣くだろうな。
ばい菌が入ったら困るし、浸出液をそのまま出したら衣類が濡れてしまうので、マカロニの先は分厚いガーゼで丁寧に覆われた。
通気がよくなると、乾いて浸出量が減るのかなぁ…。
ドレンパックがなくなったので、カンガルー袋ともお別れだ。
入浴もシャワーもまだダメだけど、すっごく身軽になった。
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