35.人間ブルーレット
相変わらず、私の腹部から出ている左ドレンの浸出液は多い。
ドレンの先には、液を貯めておくため、300mlぐらい入りそうなパックが付いていた。
朝、ナースがパックを空にすると、寝る前には満タンになってしまう。多い日は、午後の早い時間にぱんぱかぱん。
「重くなったよぉ」とナースに言って、空にしてもらったりもした。
私はパジャマの下に首から袋を下げて、そこにドレンとパックをしまい、それはそれは大切にして持ち歩いた。お母さんカンガルーになった気分だった。
パックの重みでドレンが引っ張られ、抜けてしまったらどえらいことになる。
どのくらい溜まっているのかも心配。だから時々、パジャマの裾から袋を出してパックをチェックした。
お姉さんに「また、カンガルー袋を見てる」とよくからかわれたっけ。
抜鉤は済み、お腹の表面の傷はくっついているけれど、内部はまだ傷だらけなのだろう。
浸出液は、毎日どばどば出た。
パックに溜まる浸出液は、透明で黄色。見た目は尿そっくり。
なんだかな〜。
普通は日が経つにつれ、ドレンからの浸出量は減ってくるはずだ。
現に、右のドレンはそういう経過をたどって抜くことができた。
それなのに、左の浸出量は減るどころか、増えているような気さえする。
最後の方にはさすがに心配になり、ナースに「こんなに出ちゃって平気なの?」と聞いたら、「ちゃんとご飯を食べていれば大丈夫」とのこと。
そう言って、いったんはナースステーションに戻って行ったナースが、黒に近い青色の液体が入った注射器を持って戻って来た。
「時々、手術などで膀胱に穴が開いて、尿がお腹の中に漏れ出して、浸出量が多いことがあるんです」
「ええっ!」
「もしそうなら、ドレンの液に尿が混ざるので、これからそれを調べます」
何するの?
痛いの?
「この注射は、尿に色をつける薬です。ドレンパックの液が青くなったり、排尿の色が青く変わったら教えてね」
そう言うと、ナースは私の腕に注射した。
排尿に色がつくだけなら合格だが、もしドレンパックの液が青くなったら、膀胱に穴が開いて腹腔内に尿が漏れ出しているということらしい。
「排尿の色が変わるのって絶対にわかる? 注意してないと見逃しちゃう?」
「絶対に気づくと思います」
「どのくらいの時間で変わりますか?」
「1時間か2時間ぐらいかな」
私はすぐにトイレへ行ってみた。よぉくチェックしたけど、尿の色は普段と変わりない。
注射したばっかりだから変わるわけないか…。
青くなるって、どの程度かな?
薄青だったら、見逃しちゃうかもしれない。
流す前にちゃんと見ないとダメだな…。
それから、いぬさんやお姉さんとよもやま話をして注射したことなんかすっかり忘れた私は、30分ほど経った時、またトイレへ行った。
術後、尿意はよくわからないままだった。
ちょっと溜まっただけでも、すごく溜まっているみたいな気がするのよねぇ。
用を終えた私は、トイレの中で叫び出しそうになった。
尿が、私の尿がぁぁぁぁ!
便器の水は、ブルーレットみたいなものすごく濃く青い色に変わっていた。
注射したことを忘れていた私は、もう心臓が止まるぐらいびっくりしちゃったよ。
これがそうなのか!
私の腎臓は、めちゃくちゃ性能いいらしい。1時間しないで出ちゃうんだもん。
ナースが「絶対に気づく」と言ったけど、確かにこれを見逃す人はいないだろう。
ドレンパックの方も見たが、こちらの液は黄色いままだった。
ナースに報告に行き、膀胱に穴は開いていない、ドレンパックに溜まっているのは腹腔内の傷からの浸出液だけ、ということになった。
その日はずっとブルーレット尿が出た。
色はだんだん薄くなっていき、翌日の尿は普通の色に戻った。
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