16.ガン病室
術後5日目の朝、ナースから「ぴょんぴょんさんは、午前中に部屋変えします」と言われた。
状態がいいので、ナースステーションから少し離れた病室に移されるのだろう。
ヘルパーさんが荷物を持ってくれ、自分自身は点滴台につかまって、病室を移った。
そこは、今までの病室の隣だった。
ぴょんぴょんの病状は、まだ目が離せないということなのかなぁ…。
新しい病室に入って行くと、ヘルパーさんが「今日からこの部屋になったぴょんぴょんさんです」と皆に紹介してくれた。
「よろしくお願いします」と精一杯にこやかに挨拶したつもりだったが、どうも様子がおかしい。
右の壁際にいるハムスターさんは、中年の小柄で痩せた人だった。
頭に帽子をかぶり、上半身を起こした姿のまま、上目使いに睨みつけるだけで何も言わない。
帽子をかぶっているということは、抗ガン剤治療してるのだろうと思った。
左の壁際のいぬさんは、品のいいおばあちゃんで、「こんにちは」と言ってくれた。
ちょっとふくよかな感じで、点滴はしていたが、見た限りでは健康そうだった。
左の窓際のきりんさんは40歳代と思われる痩せた人で、ベッドに横たわったまま、開口一番「あなたはどこが悪いの?!」と詰問してきた。
どっひゃ〜。どうしたらいいんだろ?
病気はプライベートなことも含んでいるから、他人からあれこれ聞かれるのは不愉快に感じる人もいると思い、私自身は、同じ病室になった人に「何の病気?」と聞いたことはない。
挑戦的なきりんさんの態度には、正直なところムカッとした。
彼女のベッド回りには、結婚していて、子供がいることを示す品物がいくつか置かれている。
きりんさんの方から病名を聞いて来たのだから、私の答えに彼女が動揺しても、ぴょんぴょんの知ったことではないよね?
「子宮ガンなんです。子供を産んでないけど、子宮取りました」
きりんさんは、私の頭に視線を送った。
人間は、相手を見る時、自分自身で気にしている部分やコンプレックスを持っている部分を真っ先に見る習性があると思う。
きりんさんは、私の髪の毛を気にしてるんだ!
彼女もガンなんだろうか…。
私の答えを聞いたきりんさんは、一転して気の毒そうな表情になった。
「私もガンなの。腸まで切っちゃって大変なのよ」
いぬさんも言った。
「私もガンよ。1ヶ月前に手術したの」
ハムスターさんは会話に加わらなかったが、彼女もたぶんガンだろう。
そこは、ガン病室なのだった。
妊産婦の人と同じ病室になり「おめでとう!」という見舞い客の声を聞かされたり、ガン以外の患者さんとベッドを並べて、気の毒そうな視線を送られるよりはいいか…。
私はガンなんだから、ガン病室に入れられても不思議はないなと思った。
今度の病室では、窓際のベッドがあてがわれた。やった〜。
なぎさの風景が一望で、春の日ざしがさんさんと差し込んでくる。
気持ちのいい部屋だった。
夜になり、Drコンビが回診にやって来た。
「先生、ご飯まだ食べられないの?!」
「あ、じゃ、明日からね」
術前から数えると1週間近く続いた絶食とも、ようやくお別れだ!
バンバン食べて、24時間の点滴を早く外してもらいたいな。
消灯になった。
電気が消えてから、どのくらい経っただろうか。
私は、ある音に気が付いた。
ほぉーっという息遣いと、鼻をすすり上げるひそやかな音…。
この部屋にいる、私以外の誰かが泣いている!
そこは、本当にまぎれもなく「ガン病室」だった。
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