23.恐ろしい見舞客軍団
ハムスターさんは子だくさんだった。
子供のうち何人かは結婚しているようだったが、ほとんど全員が病院の近くに住み、さらにほとんど全員の職場も病院の近くらしい。
面会時間になると、まず、ハムスターさんの旦那さんがやって来る。
初老の旦那さんは毎日毎日、お菓子や飲み物がたっぷり詰まったコンビニ袋を2、3ぶら下げて病室に現われた。
それから、娘さん、息子さんたちが孫まで連れて続々と詰めかける。
そして、ベットの上にお菓子を広げ、ハムスターさんを囲んで、大宴会を始めるのだ。
見舞客たちは楽しく飲み食いして、ああでもない、こうでもないと声高にしゃべりまくる。
禁食を言い渡されているハムスターさんを前にして飲み食いはないでしょ〜と思ったが、彼女の母国にはそういう風習があるのかもしれない。よくわからないけど…。
新しい見舞客が来ると、先に来た者は帰りそうなものだが、ハムスターさんの見舞客に関しては、そういうことはほとんどなかった。
時間を追って、どんどん人が増えて行き、彼らは、面会時間の最初から最後までいた。
私たちのところへ来る見舞客用の椅子も勝手に持って行き、それでも足りなくなると廊下から椅子を持ち込んで、ハムスターさんのベッドをU字型に取り囲んで座る。
U字型の一端は、私のベッドの横にずらっと並ぶことになるので、毎日午後になると、すぐそばに知らない人たちの背中があり、私のいらだちは日に日に募った。
ハムスターさんの孫にあたるチビっ子が泣き、ベッドを取り囲む見舞客の輪に加われなかった人が病室内をうろうろと動き回る。
その上、彼らの話す言葉は外国語なので、意味のわからない私にとってはただの雑音でしかない。
私の耳元で、わめいているようにしか聞こえない会話の応酬が続く。
せわしない人の動きと会話の音で、頭がクラクラした。
いぬさんやお姉さんや私のところに来てくれた見舞客は、座る椅子がないのと、ハムスターさんの見舞客のうるささに一様に驚き、早々に退散して行った。
いやはや、何とも恐ろしい見舞客軍団であった。
彼らのうるささには、お姉さんも立腹していた。
「ハムスターさんは悪くないけど、あの見舞客軍団はとっても迷惑だ。騒ぎたいならハムスターさんを個室に入れるべきじゃないのか」というのが私たちの一致した意見だった。
とは言え、ハムスター家にも金銭的な事情はあるだろうからなぁ。
ハムスターさんの個室料を私たちが払うのはごめんだし、見舞客軍団から逃れるために、自分が余分なお金を払って個室へ行くのもまっぴらごめんだった。
私たちが我慢するしかないのね…。
いぬさんはあまり口に出さなかったが、時折、見舞客軍団に迷惑そうな視線を向けていたから、やはり思うところはあったのかもしれない。
とにかく、たくさんの見舞客の動きと雑音で、気が狂いそうだった。
「うるさい。帰れ!」と怒鳴り出しそうだった。
大ターミナル駅のラッシュ時に、改札の脇で寝たらこんな感じだろうと思った。
もう一つ、私を悩ませたのは、彼らの視線だった。
私はトイレが近かった。
尿が溜まっていく感じは依然としてよくわからず、ちょっと溜まっているだけでもトイレに行きたくなった。
下剤のせいで下痢もしている。
私の動きはまだ緩慢なので、トイレの中で時間もかかる。
その頃の私は病室のトイレを使っていたので、トイレへ出入りするたびに見舞客軍団にじろじろ見られているようで気に障った。
彼らに他意はないのだろうけど…。
入院しているというのに、私には心身の安静がない。
こんなことがいつまで我慢できるか、日に日に自信がなくなって来た。
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