24.流浪の患者
私は、ハムスターさんの見舞客に対してかなり立腹していたが、それでも面と向かって文句を言うことができないままでいた。
ハムスターさんが母国語で充分に意思疎通できるのは見舞客軍団とだけだし、ほとんど動けないハムスターさんに、「デイルームへ行って話してよ」と言うのははばかられた。
私が病気になる前、入院している人のお見舞いに行った時、異口同音にいろいろな愚痴を聞かされた経験がある。
患者いわく、
病院の食事がまずい。
呼んでも、ナースが来るのが遅い。
自分は差別されてる。先生は、他の患者さんにはもっと優しい。
隣のベッドの人が朝早くから動き回ってうるさい。
などなど。
しかし、そのどれ一つ取っても、私には「それはしょうがないんじゃないかな」とか、「考え過ぎなんじゃないの?」と思えることばかりだった。
入院生活に倦むと、普通の生活では気にならない、ほんのちょっとしたことが気に障るようになるんだろうなぁと考えた記憶があった。
だから、私やお姉さんがハムスターさんの見舞客軍団に抱いている気持ちも、他人から見たら「かなり気にし過ぎ」なのかもしれない。
点滴の交換などでナースは来ていたから、病室が人でいっぱいのうるさい空間になっていることは、病院側も知っているはずなのだ。
でも、病院からハムスターさんの見舞客に注意することはなかった。
病院側の目にも余るようであれば、必ず注意するはずだ。
それがないのだから、このうるささは私やお姉さんだけが我慢できないことなのだろう。
そこで私は、ハムスターさんの見舞客軍団との衝突を避けるため、面会時間になると病室を逃げ出し、病院内を歩き回った。
動けるようになったお姉さんも、私の逃避行に時々付き合ってくれた。
患者が入ってもいい場所にはほとんど行き、ひと休みするため、病院内の公的な場所の椅子にはすべて座ったと思う。
病院内には美容室があり、そこでは破格の値段でフェイスエステをやっていたので、毎日と言っていいほど通った。驚くほど肌がきれいになって、顔の輪郭がほっそりしてきた。
とにかく毎日、病院内を転々として時間をつぶし、面会時間が終わるのをひたすら待った。
腹立たしく、身体の痛い流浪の日々だった。
入院する時に新品だったスリッパの底は、2週間程度で穴が開いた。
ナースや主治医たちは、いつもベッドにいない私を評して「ぴょんぴょんさんは、ほんとに元気だね」と言ったが、そうではありません!(怒)
ある日、いつもと同じようにうるさい病室から逃げ出した私は、喫煙所に座っていた。
院内に1ヶ所しかない喫煙所には、すべての階の患者が集まって来て、紫煙をくゆらせながら院内の噂話に花を咲かせていた。
「うちの病棟、すごいんだよ」
「なになに?」
「たくさんの人がお見舞いに来る部屋があるの」
「へぇぇ」
「お見舞いの人が部屋から溢れ出しそうだし、前を通っただけでわーわー言ってる声が聞こえてくるよ」
「へぇぇ」
「廊下の椅子も持ち込んで、中で円陣組んでるの。あの部屋の人、大変だろうね」
私は思わず、その会話に割って入った。
「すいません、その病棟は何階ですか?」
「婦人科病棟です」
「どの部屋ですか?」
帰って来た答えは、私の病室を示していた。
「私、その病室です。私、見舞客のうるさいベッドの隣なんです(ToT)」
話を聞いていた人たちは、一様に「え〜!!」と言って、気の毒そうな視線を私に向けた。
それから、うるさい見舞客たちは何者なのかとか、一体全体どうなってるの?という話になり、私はそこにいたみんなと知り合いになった。
患者のお友達が一気に増え、図らずしてみんなからたっぷり慰めてもらい、少しだけ溜飲が下がった。
さらに、ハムスターさんの見舞客に対して私が抱いていた不満は、被害妄想ではないらしいということも分かった。
他の人から見てもすごいのか。どうしたもんかな…。
<<前へ 次へ>>